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ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシを軸に音楽のことを綴るブログ

5月28日(土)「村上春樹とイラストレーター スライドトーク」ちひろ美術館東京

5月25日(水)に開幕した、「村上春樹イラストレーター」展

この日は村上春樹のファンが読書会等で集う場所となっている、ブックカフェ“6次元”のオーナーであり、映像ディレクターのナカムラクニオさんがスライドトークをする企画があり、それとあわせて行ってまいりました。

まず最初に私と村上春樹との出会いは1984年高校3年の時、最初で最後にやったアルバイト先のスーパーで知り合った、アルバイト大学生がすすめてくれた「風の歌を聴け」だった。読んだこともない文体(世界観)とまだ知らない少し大人(大学生)のほろ苦い青春群像…。共感するなんていう域には達せなかった(笑)でも、大人になって読み返したときの脳内に巡る甘美と胸に刺さる辛酸…高校生の頃には知らなかった世界。その後、大学生活を経験していない私がこの小説を理解するのには、少し時間を要した。

その大学生とは1度だけデートをした。映画を観に行った。何の映画だったかは覚えていない…。そのあと「つきあってほしい」って告白された。高校卒業まで4か月になった12月。女子高に通っていて始めてバイトをしたのも高校3年の1年間で…男性とのかかわりがなくて、どうしていいかわからず同い年のバイト友達に相談したら、その後しばらくしてその大学生はバイトを辞めてしまった。上司から厳重注意されてしまったのだ…。事情がよくつかめず子供だった私は、自分のせいでバイトを辞めざるを得なくなった彼にただ申し訳ない思いでいたことを思い出す。

風の歌を聴け」はそんな恋にも満たなかった私の青春の思い出。

さてさて、スライドトークの内容ですが…!

展覧会の趣旨が「村上春樹イラストレーター」ということで世界中で発売されている、村上春樹の本の“装丁”をスライドで紹介しながら、日本における装丁に使われたイラストと作品のつながりの深さについて、ナカムラ氏独自の解釈で分析してくれました。つまり、イラストが作品の内容のキーワードになっているということ。例えば「風の歌を聴け」で言えばこの表紙を飾るイラストを描いたのは、佐々木マキ氏であるがこの絵の中にある風景や小物、倉庫に書かれている数字が示す意味…などなど。

村上春樹の名が世界中に知れるようになったのは、「羊をめぐる冒険」あたりからで実はデビュー作である「風の歌を聴け」はあまり知られていないという。翻って紹介されるときは「1973年のピンボール」と合わせ販売されたらしい。

今回、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」などの原画が展示されていたわけですが、「風の歌を聴け」のハードブックの装丁ではせっかくのイラスト、肝心なキーワードの部分となるところがタイトルで隠されてしまい、佐々木氏からクレームがあったのでは?と、まことしやかな噂があったらしい。私の持ってる文庫ではイラストの全体が出ているし、その後の「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」のハードブックでもしっかりとイラスト全体が出ている。

風の歌を聴け」は村上春樹がジャズ喫茶「ピーターキャット」(千駄ヶ谷 ※その前は国分寺)を経営しているころに書かれた作品。そのころの写真なども紹介された。「鼠3部作」と呼ばれている「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」も3部作と言いながらも、世界観で分類するとリアリズムからファンタジーへと展開していて、これが佐々木マキ氏のイラストからも感じ取れる「現実」と「非現実」のぼやけた境目とマッチしている。

私の村上春樹の入り口である「風の歌を聴け」~の話しがわりと中心で楽しかった。しかし、ところ変わればイラストも変わるで、佐々木マキ氏で親しまれている作品も海外に出ると全く違った表紙でびっくりさせられた。そんな海外(特にフランス)には村上春樹インスパイヤーされた女流作家の方がいたり、台湾には「ノルウェーの森」「海辺のカフカ」の台湾語のカフェもあるという。また、台湾のバンドで村上ワールドを曲にしてレコード大賞をとったバンドもいるとか(笑)

他にも口外してはいけない村上春樹のとっておきエピソードなども聴くことができました。スライドトークのあとに原画を観ました。私にとってとても親しみ深いのはやはり、佐々木マキさんの絵でいつまでもそこで眺めていたい…そう思わせる素敵なものだった。8月7日までやっているのでもう一度、時間をみつけて足を運ぼうと思う。

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