ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシを軸に音楽のことを綴るブログ

いわさきちひろ美術館

友達が上京するというので彼女の用事がある時間までのお付き合いで、2度目のいわさきちひろ美術館。

村上春樹イラストレーター展』が前回のメインで、時間があまりなくゆっくり観れなかったちひろ作品を今回はメインで見ました。いわさきちひろさんの作品は国語の教科書などでもよくみていたし、“子供・少女・赤ちゃん”が関わる催し、絵本、雑誌などでも採用されているので、多くの人から親しみを持たれていることでしょう。

いわさきちひろ”という女性を同じ女性として見た時に、大人になればなるほど母親になってからさらに「少女」の部分が濃く出てきた女性だなと感じた。絵の題材が少女や少年、赤ちゃんが多かったせいもあるかもしれない。子供を描く時は険しい顔にはならない。常に微笑みを浮かべ描いていただろうと思う。それがちひろさんの表情にもでていたのでしょう。

だからと言って気持ちまでもが「夢見る少女」ではなく、戦争で家を焼かれ長野に疎開し…絵を学ぶために単身上京し苦労をする…。こういう過程がちひろさんを女性としての芯の強さも育んでいたようです。

ちひろさんは『大人になること』という題で「若い頃に戻るなど自殺もの」と語っていました。特別子供の頃に貧しく惨めで苦労をしたから…ではない。むしろ、両親から有り余る愛情を注がれ、常にお気に入りの服を着せてもらい。習い事もさせてもらっていた。あまりにめぐまれていたせいで大人になったときに、人への気遣いや配慮がわからずに、人に嫌な思いをさせたり失敗をしたり苦労をした。と、また好きな絵も下手だったあの頃になんて戻りたいなど思うはずもないとも言われていました。

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大人になること

子供の頃の両親の愛に感謝はすれども、愛情をうけるばかりでその愛を与える術を知らずにきたことに嫌悪されていました。

ちひろさんはご子息に対してあまり怒ることはなかったようですが、着る物や所作に関してはこだわりを持って接していたらしく、ご子息がお父様(ちひろさんのご主人)に「お母さんは自分の価値観を押し付ける」とこぼされていたようですが、お父様は「お母さんは芸術家なのだからしかたがないんだよ」とたしなめたようです(笑)ちひろさんはご主人と結婚をする条件に、画家としての仕事を続けさせてくれることを付け加えたということで、ご主人の理解と支えはとても大きかったと思いました。

上井草の閑静な住宅地に小さくも可愛らしい季節の花が咲く庭。そこで朝の体操をする3人家族。ジンギスカンを焼き友達にふるまう。絵を描きたまにピアノを弾く…私からすると夢のような本当に絵に描いたような生活に感じるのだけど、今の自分の生活は子供の頃に育った環境がベースにあって、良いところ嫌だったところをカスタマイズしながら出来上がっている。ちひろさんもきっと同じなのだろうと思います。

ちひろさんは55歳でこの世を去ってしまいました。私も今、50歳なので同年代。昨日、ランチしたお友達とも話したけど世間では自分の楽しみをなかなか見つけられない人が多いらしい。でも、私達はやりたいこと行きたいところが多すぎて時間もお金もたりないよね!って、リア充ぶりを語りあった(笑)でも、真面目にこれって幸せなことだなぁ…って改めて思ったしだいです。

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