ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシの事を軸に音楽のことを綴るブログ

宮本三十三景其の五…「日本橋」

 

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慶長8年(1603年)徳川家康の全国道路網整備計画に際し、初代の橋(木造)が架けられた。現在の橋はなんと19代目!!それでも明治44年(1911年)の建設。
江戸時代から明治にかけて江戸(東京)は火事も多かったし、明治維新までに焼失・半消失を10回もしたという。木造から今の石造りになったのは明治に入ってからのようです。

震災も戦災も乗り越えた橋・・・でも、橋のどこかに世界大戦時の弾丸の跡が残っているようです。

 

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私にとって日本橋はあまり縁もゆかりもない感じです。このあたりは、日本銀行本店や東京証券取引所の立地する金融街であり、百貨店(三越高島屋)をはじめとし、鰹節専門店「にんべん」、お茶と海苔の「山本山」、フルーツの「千疋屋」といった老舗の店が軒を連ねた商人の街でもあった。

地理かなんかで習った記憶があるけど、この“日本橋”は、日本の道路元標があり、日本の道路網の始点となっているようだ。よく道路標識に『日本橋まであと○○km』みたいな表示がある。日本の国道の中心は“日本橋”ということなのですね。


私の人生において・・・「金融」にも「百貨店」にも「老舗」にもなんの縁もなければ、思い出もないのだけど、一つ思い出したのは・・・ジブリ映画の『おもひでぽろぽろ』である。

この映画の主人公、タエ子は東京生まれの東京育ち。子供の頃から“田舎”に憧れ、20代の後半に結婚した姉の縁で“山形”に親類ができて「紅花」の収穫の頃に居候をしに出かけるようになった話し。
その中で「果物の王様はバナナ」というくだりがあるのですけど、タエ子のお父さんがある日、“千疋屋”でパイナップルを買ってきて、家族で食すというシーンがある。ストーリーの詳細は割愛しますが(笑)私が千疋屋という高級果物店の名前を知ったのが、お父さんがパイナップルを買った店が「千疋屋」で、この映画を見たときだったのです。


そう、このタエ子も東京生まれの東京育ちで、故郷は『東京』。
私には両親の実家が“田舎”と呼ばれる場所だったから、タエ子とは立場が違う。
赤本を読みすすめていたら、宮本の祖母の生まれ、東京は芝だとわかった。宮本はタエ子と同じ“江戸っ子”なのだ。

夏休みになると始まる「ラジヲ体操」最初は沢山の友達がいるが、徐々に旅行やら“田舎”と呼ばれる親戚の家に出かけてしまい、タエ子一人きりになってしまう・・・そんなシーンがあった。私はエレカシの『理想の朝』を聴いたときに、何故かこの『おもひでぽろぽろ』の夏休みにタエ子が一人でめちゃくちゃなラジヲ体操をするシーンを思い出していた。

るんるん少年は夏休みの図書館で退屈の正体を早くも悟り、
 逃げ出した表の公園で 太陽の下溜め息ついた。ムード

タエ子は東京以外の場所を求め
宮本は東京以外に場所を求めず

そんな違いはあれど「郷愁」にあこがれを抱く、東京人としては共通しているな・・・と感じました。

 

日本橋』の話しからだいぶそれてしまいましたが、宮本は東京といえば「日本橋」。はっきりとした輪郭はないものの憧れの大きいもののようだ。それは、高度経済成長の真っ只中、東京オリンピックの開催に合わせて、「日本橋」の上に首都高速道路が通ってしまう・・・そんな、アンマッチな風景も含めて全て愛すべき『東京』の象徴として宮本の心に位置づけられているのかもしれない。

そう言えば『ALWAYS 三丁目の夕日 ’64』で、そんなシーンが出てきたような気がします。

おもひでぽろぽろ』のタエ子が子供だった時代。
ALWAYS 三丁目の夕日
まだ、私も宮本も生まれていないのだけど、まだまだ時間はゆっくりすぎていたような気がする・・・。

2012年10月12日 21:59