ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシを軸に音楽のことを綴るブログ

宮本三十三景其の六…「二重橋」

お題「自由研究」

お題「ひとりの時間の過ごし方」

お題「好きな街」

お題「好きなバンド」

 

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久しぶりに 手をひいて
親子で歩ける うれしさに
小さい頃が 浮かんできますよ
おっ母さん ここがここが二重橋
記念の写真を とりましょうね

やさしかった 兄さんが
田舎の話を 聞きたいと
桜の下で さぞかし待つだろ
おっ母さん あれがあれが九段坂
逢ったら泣くでしょ 兄さんも

さあさ着いた 着きました
達者で永生き するように
お参りしましょよ 観音様です
おっ母さん ここがここが浅草よ
お祭りみたいに にぎやかね

 

二重橋

両親のアルバムを見ても、祖父母や叔父叔母が上京してきた時の写真に必ず、二重橋靖国神社などのところで記念写真を撮っている。
冒頭の歌詞をご存知でしょうか?島倉千代子さんが歌う 『東京だよ、おっかさん』です。昭和32年(1957)4月、コロムビアからレコードが発売されました。私はこの曲がヒットした頃、生まれていないけど、二重橋と聞いてまず、この歌が浮かぶのです。

思い浮かんでしまったので、『東京だよ、おっかさん』をググってみたら、この曲は1〜3番まであるのに、国営放送などでは2番は歌われないそうです(今もそうなのかは不明ですが)。歌詞から靖国神社へ行くと戦死した兄を思い出しますね。といった内容だと読んでとれます。『靖国』に関連するものは避けざるを得ない感じなのでしょう。

そして、二重橋についてもいろいろ調べている中、この二重橋の右手奥手に「伏見櫓」がありますが、かつてはこの櫓が天皇を「遥拝」する対象となっていたという。終戦を告げる昭和天皇の言葉を聞いて、この二重橋広場に多くの国民が訪れ涙するシーンを記録映像でよく見ますが、単純に皇居に天皇がいるから・・・ということではなく、この伏見櫓に向かってだったのかもしれない。

曲が発売された昭和32年って戦後12年で、まだまだ戦争の傷跡も色濃く残っていたのでしょうし、老いた親を単純に東京見物に連れて行く子の姿・・・ではないのですね。でも、3番で浅草寺に行って長寿を祈る子の思いが歌われていて、明るい気持ちにしてくれます。

 

 『二重橋』って私が撮影したこの写真がよく紹介されていて、二重のアーチ型の橋だからそう呼ばれていると思われてる人も多いのではないかな?
実はこのアーチ状の橋の向こうにもう一つ橋があって、手前の橋は石で造られた「正門石橋」で、奥に鉄で作られた「正門鉄橋」という2つの橋がある。「二重橋」とは本来は奥の正門鉄橋の呼称であるそうです。

Wikipediaによれば》
奥の鉄橋は、江戸城の西丸下乗橋のあった位置で、木造橋時代に橋桁が上下二段に架けられていた。そこから、「二重橋」と呼ばれるようになった。

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現在の鉄橋は昭和39年(1964年)に架け替えられたもので、橋桁は二重ではない。手前の石橋は江戸城の西丸大手橋があった位置で、現在の石橋は明治20年(1887年)の建造である。二重アーチ構造であることから、「この石橋が二重橋である」との誤認が多い。 さらに「手前の石橋と奥の鉄橋が同じ濠に2つ重なって架かる橋だから二重橋」というのは正確な解釈ではない。

ってことです。

 

2012年11月24日 13:12