ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシの事を軸に音楽のことを綴るブログ

無理矢理、俺は東京にいるんだと、思い込もうとしているのかもしれませんね。

タイトル:『宮本語録集』108頁

ミヤジが何代目になるのかはわからないけど、東京で育ち暮らしてきたことで言ったら東京が故郷です。ミヤジは東京を擬人化し慈母、厳父、自身に置き換えて自分の過去や当時の社会に対する向き合い方について自問自答をしている。

書籍『東京の空』を読んでみてもどういうことなのか?と、よくよく考えた。自分の人間形成の全てが東京と言う街によって作られたもの・・・とでも言わんばかりに感じた。
子供のころから東京生まれで東京育ちの人は沢山いるけれど、そこまで『東京』という街にこだわって考えたのはどういうことなのだろうか?

私も赤ん坊のころから東京で育っている。両親は東京以外の故郷がある。ミヤジの両親にもどこかに故郷があったのかもしれない。
夏休みになると両親の故郷へ行ったものです。故郷のイメージでいうと山があって川や海もあって・・・のどかな感じを思い浮かべる。
しかし、ミヤジの故郷は小高い丘にいくつも立ち並ぶ、コンクリート建築の“団地”であった。マンモス団地。
そういうことで言えば私の故郷は、東京23区の郊外木造の2DKアパートだった。しかも借家だったのでのちに実家は区内で転々とする。定住した実家はない(最終的には実母と同居になったので、故郷と呼べる帰れる実家が無くなった)。私は祖父母が亡くなるまで両親の実家を自分の故郷と思っていたかもしれない。祖父母が亡くなり母も実家へ行くことが減り、自分も成人し行くことも無くなってから、そんなに故郷と言うものにこだわることはなかったけれども、郷愁と言うことを思うと、あの思い出の場所にはもう帰る場所がない。しかも、幼いころに遊んで恋もした東京のあの町も、街開発でかなり変わってしまった。
そこでふと、気がついたのです。東京で躓き傷ついても癒してくれる帰る場所がない・・・と、いうことに。己を傷つけ悩ませるのも“東京”だけど、癒し励ましてくれるのも“東京”しかないのだ。

悪徳と恐怖と倦怠とアホらしさと、生存することへのあらゆる渇望と努力に満ちた首都東京の空気は、俺達の人生そのものじゃないか!!

つまり、こういう感覚でミヤジは東京をとらえていたのかもしれない。

 この書籍『東京の空』も一度、絶版となりましたが2008年に第2刷されました。私は幸運にも書店でこの本と巡り逢い手にすることができた。しかし、今はもう高値がつく希少な本となってしまった。

宮本浩次(エレファントカシマシ)『東京の空』

宮本浩次(エレファントカシマシ)『東京の空』

 

 このエッセイは1999年~2002年の『bridge』。2002年~2003年の『JAPAN』で掲載がされていました。

東京・・・同じ時代の同じ東京の空の下で育ってきて。嬉しく思う。