ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシの事を軸に音楽のことを綴るブログ

私が抱く宮本浩次への2018年の期待

宮本浩次は言った

「エゴのない良い歌を歌いたい」 と、

これはマイナーでありキャッチーではない、いろんな人の日常や普遍的なことを詩にしたいってことかな…。
自分の心ではなくて…他の人の心とか…「彼女は買い物の帰り道」とかそんな感じの曲かな?って思うけど…どんな感じのことかな?

内向的な詩ではなくて社会的なこととか…旅で見てきた人々の営みとか…

今はもう「怒り」もないし、そもそも「闘う」対象もない…現時点ではHappyな気分が彼の多くを占めていて、しかしそれも経験値でいつかなくなるかもしれないという不安があるからその不安を何かで補う…。

そう、人は常に「敗者」そのくらい考えが肝にあることは乾きがあって何か良いものが作れる気はする。あまり、キレイにまとめてはほしくないな。

栄光の架橋(紅白でゆずのトリ)で、ゲストの桐生選手が話したエピソード。走る前に栄光の架橋を聴いて9秒台出した。このくだりで、ミヤジの目が少し見開いて“ほぉほぉ”と頷いてた。

いい歌は歌い継がれる。土壇場で火事場の馬鹿力をださせる。己のエゴ(内省とか感傷、感情)をなくして歌った歌がどこかの誰かのための歌になっている…。

 

色々と私なりに考えてみたんだけど、一つ『普遍的』で歌い継がれていく歌。と、言う点で考えたのは…宮本自身が音楽と言ったら合唱団で歌ったであろう童謡であったり、テレビやラジオから流れてくる歌謡曲のヒットソング…。

そこで、思い出したのが2012年の10月から放送された、佐野元春のザ・ソングライターズの最終回。佐野自身が講義した回(シリーズのSEASON4)です。

これのVol.9・Vol.10は昭和の歌謡ソングヒットメーカーなかにし礼さんがゲストだった。そこからの延長のような気もしたのだけど、歌い継がれる名曲にはいろんな要素や時代背景、そこに暮らす人たちの営みに合致した時に生まれる…そんな内容のことが語られていた。宮本が言っていた

「エゴのない良い歌を歌いたい」

「エゴ」は、自分の事であるかもしれないけど、他人からも共感を得られるそんな「エゴ」であれば人々の間に広まるって思う。

この佐野元春のザ・ソングライターズを宮本が観ていたとは思えないのだけど(笑)ここにはいろんなヒントがいっぱいある。宮本の中ではきっと形となってまとまっている、創作ノートももっといい感じに具現化できるのではないか?そんな感じ。

エレファントカシマシの最大のヒット曲「今宵の月のように」も、宮本の個人的な感情から生まれた曲だったかもしれない。だけど、その時代の人に共感できる詩とドラマブームでのタイアップが絶妙に咬み合うという、健全な流れでヒットしたのだと思う。

エゴ=利己主義

と、考えがちだけど自らの中にある固定観念もエゴだし、とっちらかったイメージを押し付けるのもエゴ。たぶん、こういうエゴの事なんだ…って、最近のインタビュー記事なんかを読んでいて感じた。

つまり自分に関わる人達のことも“尊重”したときに、良い波長が生まれるんだって気がついたんだね。だから、そういう曲ができて唄った時、長く歌い継がれる良い曲になるのではないか?と、考えた。

それで沢山の人がCDを買いダウンロードして聴いたり…増えていくだろうし…。分かりやすい指標として「売れる」

売れなくとも名曲、良い曲は沢山ある!むしろ、多いかもしれない。ただ、歌と言うのは人や年代、年数を経て成長し継がれていくというロマンもあるから…そうね…著作権が消滅するくらいまで歌い継がれたら、ミュージシャン冥利につきるのかもしれない。

 

・自己の開放と癒し

・関わり合ってる人達との共感

・普遍性を求める思考

・知らない人達からの理解

 

2018年今までとはまた違う良い作品を生みだすのではないかな?最近楽曲を聴いてもそう感じるし…今はアルバムに向けてまとめの作業に入っているかもしれないけど、時間が許せばもっといろいろと作ってほしいな…という気持ちも多い。

じっくり創作に向かえる時間があればいいな…そして、自信作のアルバムを聴きたい。そこからLIVEへも脚を運びたい。