ほゞ、エレカシ漬

私が好きなエレファントカシマシの事を軸に音楽のことを綴るブログ

『偶成』とは『極楽大将生活賛歌』

エレファントカシマシのツアーでは、これまでツアー先の土地の雰囲気に寄せた曲を“目玉”として入れてくる傾向があります。それがエレカシのLIVEの楽しみの一つでもあったりしています。

“悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~”ツアーでも、ご当地ソング的に1、2曲セトリに入れてきていた。

前記事にも記しましたが、このツアーではLIVEが終わるとそのツアーのダイジェスト動画がオフィシャルからアップされていました。

2011年04月04日09:58「偶成」

2011.4.02 新潟LOT で披露された1曲。アルバム「生活」に収録。

このアルバムは持っているものの、初期の作品はじっくりと聴いたことがなく…

4月2日から始まったエレファントカシマシのアルバムツアー “悪魔のささやき~そして、心に火を灯す旅~”の初日で久しぶりに演奏したという…事です。

流し聴きしていたのですが、改めて聴いたらあまりに刺さったので…日記にあげておきたいと思います。

 ああ俺には何か足りないと
 何が足りぬやらこの俺には
 弱き人のその肩に
 やさしき言葉もかけられず
 人を思ううちが花よと
 わずかに己れをなぐさめた


まさに、こう自問自答し街中を歩いていた私。
まさに、優しい言葉もかけられず、
でも、人を想えるだけでも、まだマシかと励まし…

「何が足りなかったのか?」
と、模索していた日々…

死ぬまで結論は出ないだろうと、悟り
それでもまた、繰り返し考えながら生きるんだなぁ~って…


『偶成』とは…なんだろう?と調べてみたら、
詩歌などが、ふとでき上がること。また、その作品。
とあった、
また、中国の漢詩にこのような作品がありました。

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『偶成  <朱熹*1(しゅき)>』


 少年老い易く 学成り難し
 一寸の光陰 軽んず可からず
 未だ覚めず池塘 春草の夢
 階前の梧葉 已に秋声


若者はアッという間に年をとってしまい、学問はなかなか完成しにくい。だから、少しの時間でも軽軽しく過ごしてはならない。
池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、階段の前の青桐(あおぎり)の葉には、もう秋風の音が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうものである。

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これを知って、更に一生勉強だな…って感じてしまったけど。
きっと、ミヤジは若い頃からこんなものを読んできたんだね。
そして、苦悩してきたのか?って、勝手に想像している。それにしても初期は難しい言葉使い過ぎ。 
イチイチ調べるから少し賢くなった気にもなるけど(笑)
意味がわかっただけじゃ、意味はない自分に刻みこんでいこう!
宮本さんありがとう

 

 震災後の私は、mixi内で息巻いていました(笑)

「復興!復興!」何かやれることがあるじゃないか!って鼓舞しまくっていました。周りの気持ちなんておかまいなしでした💦

この頃、その自分の想いとマイミクさん達との気持ちが空回りし始めていました。そして、この新潟のLIVEに行っていた方がこう諭してくれました。

「リストラの歌」とかなんとか言って始まりましたよ


>「何が足りなかったのか?」
 と、模索していた日々…

良かれと思ってとってる行動言動が
相手には重荷だったり邪魔だったり

良かれと思ってる事って本当にそうなのか?
もしかして自分が気持ちいいだけなのかも?

難しいですね

まさしくこの通りだったんですよね。

 

2011年05月23日09:03「極楽大将生活賛歌」

2011.5.21 大阪国際会議場メインホール(グランキューブ大阪) 1日目で披露された1曲。

人それぞれの思いやりと行動で、人は皆、いろんな形で救われていく。

己の「我」のせいで大切な仲間を失いました。
もちろん悪気があったわけでもなく、大切な人を想うあまり猛進した為、
何も見えなくなり結果、多くのかけがえのないモノを失うこととなったの。

だけど、不思議な出来事もいっぱいあってなんていうか…
自分からはたらきかけたわけでもないのに、新しい仲間もできてきて…

ん…私は隠しごとが嫌いな方だから、昔の日記とかも見せるようにしていて、ありのままでいても、大丈夫?かなって思えはじめた。

壊れたら…もう戻らないかもしれないけど、

  極楽大将生活賛歌元気な極楽大将生活賛歌
  憐れな大将全てが希望
  にいちゃんもねえちゃんもとうちゃんもかあちゃん
  老いも若きもおめえも俺もみんなまとめて極楽大将
  楽しくやろうぜ極楽世界望みは高いぜ

これで行くしかないね

 

気づいていながらなかなか認められない自分もいて、私はもがいていました。そして、程なくして“無力”を実感したのでした。

ただ、自分が言い始めたことで当時、いろんな支援の形や方法が紹介されていたので、自分なりに実践だけは続けていました。

東日本大震災以後も日本では様々な災害が起きているから、このことだけにとどまらず何かできる支援があったら、小さなことからでも始めたいって心がけることができました。

 

fukko.yahoo.co.jp

 

*1:中国南宋儒学者